熊谷守一の遊びについて
ある本を読んでいて嬉しい言葉を見つけました。
それは、画家・熊谷守一のこんな言葉です。
「わたしは好きで絵を描いているのではないんです。絵を描くより遊んでいるのが一番たのしいんです。石ころ一つ、紙くず一つでも見ていると、まったくあきることがありません。」
熊谷は晩年、庭の植物や虫などの観察を日課のようにしていたようです。
石ころや紙くずは生き物ではないのですが、熊谷にとっては同等だったのでしょう。
石ころや紙くずは私も作品でよく使うモチーフなので、「よくぞ言ってくれました。」と嬉しくなった次第です。
偉い方が自分と同じような思いを持っていることを知ったとき、凡人は嬉しくなるのです。
さて、熊谷はなぜ花や虫、石ころや紙くずに興味を持ったのでしょうか。
以下、私の飛躍した想像です。
熊谷は1880年に生まれ、97歳で逝去しているので当時としてはかなり長命です。
42歳で結婚し5人の子供に恵まれますが、3人のお子さんを幼くして又は若くして亡くされています。
この悲しみは生涯消えることは無かったはずです。
生きる事とは何か、命とは何か、死とは何か、こんな問いかけが繰り返されたのではないでしょうか。
そして、花や虫の命、石ころや紙くずの美しさに、生まれ変わった魂を見ていたのかもしれません。
貧乏な時代も長く、苦労も絶えなかったようですが、作品は若い頃から認められ画家としての地位も確立されてゆき、文化勲章の候補にもなったほどです。(本人辞退)
しかし、地位や名誉なんて、小さな花や虫に宿る命、紙くずや石ころの美しさに比べれば本当にどうでもいい事に思えたのではないでしょうか。
熊谷のいう遊びとは、決して遊びではない尊い行為だったと言えるでしょう。
さてさて、ついでに私の場合の遊びについて考えてみました。
よく思う事は、絵なんて描かずに赤提灯でおかみさんを相手に助平な話でもしながら一杯やって大笑いして、その日が無事終わればいいなと。これが私の理想に近い遊びです。
なんと熊谷守一の遊びと比べると天と地ほどの差があるのでしょうか。(大笑い)